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小春日和というにはまだ早く、残暑というにはもう遅い……そんな秋の始まりの日のことだ。
放課後の教室。いつもの定位置、窓際の後ろの席で俺は今真剣な面持ちでいるハルヒの眼前で姿勢を正し、手は軽くにぎって両膝の上に乗せ、次に発せられる質問を待った。
「あなたはわが校で何を学びたいと考えていますか?」
面接である。といっても本番ではなく、ハルヒ試験官による練習だ。相変わらずの思いつきによる特訓。「来年にはあたしたちも受験生よ! 分かってんの!?」なんて言っていたが、まだ一年もあるじゃないか。
ハルヒ試験官の視線がキリキリと音を立てながら細くなっていく。朝比奈さんのみならず、常人ではこのうすっぺらい紙なら焼いてしまえるんじゃないかと思えるくらいにきびしい視線には耐えられまいが、俺はといえばもう慣れてしまった。
考えるフリをしながらついと目を窓の外へと向ける。
いよいよ日が沈むのが早くなってきている。とはいえ窓から差し込める太陽の光は暖かく、俺の意識を容赦なく奪い取っていく。正直に言おう、眠い。瞬間、記憶がストンと落ちた。
………
……
…
「弛んでる!」
「すまん」
「もっと緊張感持ちなさいよ!」
「……すまん」
気が付けば俺は眠ってしまったらしい。実時間ではせいぜい一分ほどの記憶喪失だが、まあ、時間の問題じゃないよな。
顔を上げてハルヒの様子を伺ってみると憤慨さめやらぬ様子でこちらをジっと見つめた後、盛大に、大きな大きなため息を吐いた。
「本当に、これっぽちもことの重大性を分かって無い様ね。いい? そんな調子じゃあんただけ落第! なんてコトも冗談じゃすまなくなっちゃうのよ」
「悪かったよ」
「謝るとかそんなコトはどうだっていいの! あたしはただ──」
近くまで寄せてきていた顔を再び離し、ハルヒは唐突に口を閉ざすと窓の外の沈みかけの太陽を眺めるかのように体の向きを変えた。
正直、ハルヒの言いたいことは重々承知しているし、そして自分の不甲斐なさにも呆れている。でもどうしても素直になれないのはどうしてだろうか。
俺はSOS団専属の雑用係で、それはつまりそのまま団長であるハルヒの面倒を見るのが仕事であると言っても差し支えなく、そしてそれを他人に譲るつもりは毛頭無い。
なんだ。少し考えてみればなんてことは無い。俺は来年も、そしてその先の大学に行ってもSOS団を続けていきたいんじゃないか。ハルヒは相変わらず俺の後ろの席を定位置にし、俺はまたハルヒのロクでもない思いつきにはいはいと相槌を打つ──そんな関係をこれまでと同じように続けて行きたいと思っているんだ。
そしてそれはハルヒにとっても、きっと同じコトなんだと思う。俺の自惚れかも知れないけどな。
太陽を睨むのにも飽きたのか、ハルヒは窓側からこちらに向き直るとツカツカと音を立てながら近づいてきた。わざとやってんじゃないのかと思う程に規則正しいリズムを刻みながら俺の正面に立つ。逆光のせいでその表情は読み取れない。さすがにもう怒ってはいないようではあるが。
「ちょっとじっとしてて」
そう言いながら俺の首を両手で、こいつにしては優しく力を入れながら、自らの顔に近づけていく。おいおい何をするつもりだ。
「いやらしい。変なコト想像したんでしょ? おあいにくさま!」
ハルヒはニヤりと笑うと、俺の首の下にぶら下がっているネクタイを丁寧に掴み、ゆっくりと手繰り寄せた。おいちょっとは加減してくれ。絞まる。
「あんたは普段から適当にしてるからそう思うのよ。それにこういうのをシッカリすると気持ちも少しは引き締まるハズだわ」
そう言いながらハルヒはおもむろに俺のネクタイを結び直し始めた。それにしても顔が近づくことはよくあるコトだが、こうも頭が急接近することはそうない。ハルヒの髪の香りに思わずそのまま顔を埋もれさせたい衝動に駆られてしまうが、息を止めてなんとか耐えた。
当人はそんな俺の逡巡を知ってから知らずか、こしょこしょと頭を小刻みに動かしながら作業を続けていく。自分でするのと違い他人のネクタイを結ぶのは相当に難しいと思うのだが、ハルヒは多少はまごついていたものの、見事に俺のネクタイを結んでくれた。……少し苦しいな。
「ふう。うん、コレでよし」
ハルヒは一仕事終えたような満足げな顔をしながら「う~ん!」と伸びをすると足早に教室から出て行こうとした。随分と時間が経ってしまったがちゃんと部室には顔を出すつもりなんだろう。
俺は急いでハルヒの横に並ぶとその手を取った。突然の俺の行動に訝しい目を向けてくるが、これだけはちゃんと言っておかないとな。
「分かってるから。ちゃんと。大学に行ってもSOS団を続けていこう。だって俺は雑用で、お前は団長だろ。だから──」
俺がみなまで言うより先にハルヒは何が可笑しいのかクスクスと笑い始めた。
「あんた、自分が何を言ってるのか分かってる?」
「お前こそ、俺が何を言いたいのか分かってるのか?」
売り言葉に買い言葉。だがハルヒの次なる言葉は俺の想定の範囲外からやって来た。
「あんた、顔、真っ赤!」
空いている手で思わず顔を撫で回しながら、俺はこう言う他は無いのであった。
「……ネクタイが苦しいからってことにしておいてくれ」
まずはカタチから/了